退職者予測と退職要因把握の違いから考える生成AI時代に問われる正確な分析

退職者予測と退職要因把握は、なぜ同じではないのか
近年、生成AIの進化は目覚ましく、データ分析の現場においてもその存在感は急速に高まっています。従来はデータサイエンティストやデータアナリストといった専門職でなければ担うことが難しかった分析業務も、生成AIの登場によって一定程度の自動化・効率化が進み、いわば「分析の民主化」が現実のものとなりつつあります。
しかし、その利便性の裏側で見過ごされがちな重要な問題があります。それは、「分析の設計を誤ると、どれほど高度なモデルやツールを用いても意思決定を誤らせる」という点です。生成AIは強力な支援ツールではありますが、分析の目的設定や問いの立て方そのものを自動的に正しく導いてくれるわけではありません。
本コラムでは、実務上非常に混同されやすい「退職者予測分析」と「退職要因把握分析」の違いを切り口に、正確な分析とは何か、そしてなぜ分析設計が重要なのかについて考えていきます。
似て非なる二つの分析
まず前提として、「退職者予測分析」と「退職要因把握分析」は目的が異なります。前者は、将来退職する可能性の高い社員を特定し、個別に離職防止施策を打つことを目的とした分析です。一方で後者は、なぜ退職が発生しているのかという構造的な原因を明らかにし、人事制度や組織運営の改善につなげることを目的としています。
この違いは一見すると自明に思えるかもしれません。しかし実務では、この二つが同一の分析アプローチで扱われてしまうケースが少なくありません。とりわけ生成AIを用いた分析では、「まずは分類モデルを作り、特徴量重要度を見る」という“定型的な回答”が提示されることが多く、そのまま分析設計に採用されてしまうことも珍しくないのが実情です。
確かに、ロジスティック回帰やXGBoostといったモデルを用いて退職者を予測し、その過程で得られる特徴量重要度を確認するという流れは合理的に見えます。しかし、このアプローチをそのまま退職要因の把握に適用してしまうと、本質的な問題を見誤るリスクが生じます。
ケーススタディ:給与水準は本当に退職要因ではないのか
ここで、実際にあった企業の事例をもとに考えてみましょう。
ある東証プライム上場の製造業A社では、近年退職者が増加しており、その要因を特定したいという相談がありました。特に、退職者の多くが若手社員であり、直近5年以内に入社した社員が全体の約7割を占めているという特徴が見られました。人事部としては、「給与水準が競合企業に比べて低いことが主な原因ではないか」という仮説を持っていました。
分析を担当したデータサイエンティストは、社員マスタ、給与データ、人事評価、勤怠、サーベイ結果などを用いてクラス分類モデルを構築し、特徴量重要度を確認しました。分析結果は、「給与は退職要因として重要ではない」というものでした。
この結果だけを見ると、仮説は否定されたように見えます。しかし実態としては、クチコミサイトや退職理由の自由記述には給与に関する不満が一定数存在しており、「給与が無関係である」とは到底言い切れない状況でした。ではなぜ、このような乖離が生じたのでしょうか。
「クラス分類に寄与すること」と「事象の原因であること」は別である
この問題を理解する鍵は、クラス分類モデルの本質にあります。分類モデルは、あくまで「退職者と非退職者をどれだけうまく分けられるか」を最適化する仕組みです。つまり、モデルにとって重要なのは「対象者と非対象者に差があるかどうか」であり、「それが退職の原因かどうか」ではありません。
今回のケースでは、若手社員の給与水準が横並びであるという日本企業にありがちな構造がありました。その結果、退職者にも非退職者にも同程度の給与の社員が含まれており、給与という変数は分類の役には立ちにくい状態になっていました。
ここで重要なのは、給与が退職に影響していないのではなく、「分類するうえでは役に立たないだけ」である可能性があるという点です。モデルの特徴量重要度に現れないからといって、その変数が本質的な要因ではないと結論づけることはできません。
このように、「分類に寄与するかどうか」と「原因であるかどうか」は全く別の概念であり、この二つを混同してしまうことが分析上の大きな落とし穴になります。
分析の誤りは手法ではなく設計にある
では、この事例の何が問題だったのでしょうか。分析手法そのものに誤りがあったわけではありません。むしろ、クラス分類モデルの構築もその解釈も統計的には妥当でした。
問題は、分析目的に対して適切なアプローチが選ばれていなかったことにあります。
自社の退職要因を把握したいのであれば、「退職者と非退職者を分ける」ことよりも、「退職者はなぜ辞めたのか」を直接的に捉える分析が必要です。例えば、退職者に限定して入社から退職までの変化を追う時系列分析や、サーベイ・自由記述のテキスト分析、さらには市場水準との比較など、多角的なアプローチが考えられます。
こうした分析は、単一のモデルで完結するものではなく、複数の視点を組み合わせることで初めて全体像が見えてくるものです。ここに、退職者予測分析との本質的な違いがあります。
生成AI分析の限界と可能性
生成AIは、分析のスピードと効率性を飛躍的に高めるツールです。適切に活用すれば、仮説生成やモデル構築の初期段階を大幅に短縮することができます。しかし一方で、生成AIはあくまで既存のパターンに基づいて回答を生成するものであり、分析目的の妥当性やビジネス文脈まで踏まえた判断を行うことはできません。
そのため、生成AIに依存した分析は、表面的には正しく見えても、本質的には誤った方向に進んでしまうリスクを常に内包しています。特に「退職要因把握」のように因果構造を理解することが求められる分析においては、このリスクはより顕著になります。
正確な分析とは何か
ここまで見てきたように、分析の正しさは単に統計的に妥当であるかどうかでは測れません。重要なのは、その分析がビジネス上の意思決定に対して正しく機能するかどうかです。
多くのデータサイエンティストは、モデルの精度や統計的な整合性については高い水準で担保できます。しかし、「その分析で何を明らかにすべきか」「どのアプローチが最適か」という設計の部分については、必ずしも十分に検討されていないケースも少なくありません。
本質的に求められるのは、統計やアルゴリズムの知識に加えて、ビジネス課題を構造的に捉える力です。分析はあくまで手段であり、目的は意思決定を支援することにあります。この前提を外した瞬間、どれほど高度な分析であっても意味を失ってしまいます。
おわりに
「退職者予測」と「退職要因把握」は、似ているようでいて全く異なる分析です。そしてこの違いを正しく理解しないまま分析を進めると、結果として意思決定を誤らせる可能性があります。
生成AIの普及によって、分析そのもののハードルは確実に下がりました。しかし同時に、「正しく分析を設計できるかどうか」という本質的な能力の重要性は、むしろこれまで以上に高まっていると言えるでしょう。
分析の質は、モデルではなく「問い」によって決まります。だからこそ今、求められているのは、データを扱う技術だけではなく、本質を見抜く思考力なのです。
MyStoryでは、単なるデータ分析にとどまらず、ビジネス課題に対して本質的に正しい分析設計を行うデータ分析コンサルティングを提供しています。退職要因把握やピープルアナリティクスに関するお悩みがあれば、ぜひ一度ご相談ください。
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